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2017/3/27 月曜日 4:44 AM

中学を卒業し就職した子が17歳で入試にチャレンジ。決めたのは何と入試の2か月前・・・

11月の中旬・・・その日は突然やってきた。

一人のおばあさんが塾にやってきて話し始めた。

「孫が沖縄に住んでいて、今度こっち(川崎)にやってくるんですが、今からでも入試に間に合いますか?」

私は普通に中3の子がやってくると思い、沖縄での成績を訪ねてみた。

ところが話は妙な方へと進み、その老婆は切羽詰まった感じで話し始めた。

老婆の話によると、その子は沖縄に住んでおり、中学時代は俗に言うヤンキーだった。中学を卒業したその子は高校入試に失敗し、沖縄でとび職として働き始めた。ところが、働き始めて2年・・・最近になって怪我をしてしまい、この先の自分がとび職としてやっていく事への限界を感じ始めた。それでやっぱり高校に行き、大学へ行き、安定している所に就職したいと思うようになった。そこで祖母の家があるこの川崎で高校入試にチャレンジしたいと思うようになったとのことだった。

私が「歳はいくつですか?」と尋ねると「17歳です。」と答えが返ってきた。

「それまで何か勉強はしていましたか?」と尋ねると、「この2年、全くといっていいほど勉強はしていません。」と返ってきた。

私は、再来年の入試を目指しますか?」と尋ねると、「出来れば来年の2月の入試にチャレンジしたいです。」と返事が返ってきた。

あとたった2ヶ月で、2年間何も勉強していなかった子を高校に合格させる自信は流石に私には無かった。しかし、私のモットーは「塾の門を叩いてくれた方には誠心誠意最後までお付き合いする。」と決めているので、とりあえずその子と面談をすることにした。1週間後その子は沖縄からやってきた。

11月下旬の事だった。

その子の第1印象はヤンキーだったとは思えない真面目な感じだった。

面談をしていく中で、私は近隣のそんなにレベルの高くない学校をいくつかあげた。普通科や工業高校など最低レベルの学校をあげてみせた。ところが私が提案した学校は若干素行の悪い子が多く通う学校だったため、その子のお母さんが、「ヤンキーの多い学校に行くと、またヤンキーに戻りそうで・・・できれば近年まじめな学校に生まれ変わり、モラルマナーを大切にしている菅高校を受験させたいのですが・・・。」と言ってきた。

確かに1年間という時間があれば、1から教えられ、菅高校に合格させることは不可能だとは思わないが、たった2ヶ月で菅高校に合格させる自信はさらに皆無だった。

私は正直に話した。

「今から塾に通って勉強して、果たしてどこまで成果が上がるか分かりません。でも合格できるよう全力は尽くします。それでよろしければ、早速12月から授業をしましょう。」

私は受け入れることにした。

私は数学と理科の担当で、国語・英語・社会は住先生が担当してくれた。

授業初日・・・数学の問題を解かしてみた。足し算引き算もままならない。因数分解やルート、二次方程式や二次関数などに至っては名前を聞いたことがあるだけというレベルだった。理科も同じような感じだった。

住先生にも状況を聞いたが、国語はある程度できるがその他の教科は数学と同じ様な感じだった。

中学校の内申を沖縄から取り寄せてもらった。2年と3年×2倍の合計が44だった。菅高校の昨年度の合格者の内申の平均が76なので、せめて70くらいなくては合格は厳しい。・・・

私は考えた。そしてあるひとつの結論に達した。内申を要する1次選考を捨て、2次選考に賭ける事にした。神奈川県の場合、定員の90%が1次選考で内申+入試+面接で決まり、残りの10%が2次選考で入試+面接で決まる。内申の関係ない2次選考1点に絞った。

そのためには入試で点数が絶対取れる問題を絞込み、それを繰り返し練習させることにより、入試の点数を取る訓練をした。各教科目標を50点に絞り、50点を取るためにはどこのどの問題を解けばいいか色々と分析した。そして点数の取りやすい問題を中心に繰り返し訓練した。

そして入試1ヶ月くらい前になると、入試の模擬試験を毎回行い、時間感覚と正確性を身につけてもらった。

実を言うと本心では、勉強は入試のための勉強になってはいけないと思ってはいたが、この場合はやむを得ず自分に嘘をつきそうしてしまった。


そして時間はあっという間に経ち、入試→合格発表となった。

菅高校の受験倍率は1.23倍。91人が不合格になる計算だった。

とても不安だったがやるべきことはやった。と自信を持って言えた。

そして合格発表の日・・・

その子はボスのとろけるカフェオレ(私の大好物)を持って塾にやってきた。

結果を聞いた。


結果は「合格!!」していた。


因数分解を知らなかった子がたった2ヶ月で合格できたのである。合格を聞いた瞬間、私も住先生も「やったー!」って大声をあげてしまった。

人はこれを奇跡というかも知れない。

しかし、これは奇跡ではない。その子の頑張りがそうさせたのである。私は知っている。その子が起きている時間のほとんどを勉強に費やしていたことを・・・。

塾という場所・・・私や住先生はきっかけに過ぎないのである。

結局はその子が真剣に高校に行きたいと願ったから、高校に合格できたんだと私は思う。

その子は高校に合格したあとも塾に通っている。

高校へ行ったら中学の時のような失敗をもうしない。という強い意思が感じられる。

この冬経験した事は、彼の一生の宝物になることだろう。

そして彼はこの経験を活かし、この先、きっと自分の夢を叶えるだろう。

私は強くそう思っている。